変わったお寺や神社を京都で探索!珍しいお寺と神社をご紹介します!

関西

全国にあるお寺と神社の数は、約15万1,000社以上あり、2022年の時点では京都府内だけでも寺院が3,058社、神社が1,761社あるのだそう。

そんな京都に、一風変わっていてなおかつ、少し珍しい神社仏閣あることをご存知でしょうか?

本記事では、知っておいて損はしない【京都の変わっていて珍しいお寺と神社10選】をご紹介します。

京都のお寺や神社へお詣りに行かれる時の参考にしてみてください。

変わっていて珍しい京都のお寺3選

表情豊かな千二百体もの羅漢像が並ぶ癒しのお寺

京都市右京区嵯峨鳥居本深谷町に、同じ表情は一つもない石の羅漢像があるお寺があるのをご存知でしょうか?

そのお寺の名前は、愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)です。

766年、称徳天皇により、今の京都東山松原通の六波羅蜜寺の近くに愛宕寺(あたごでら)として創建されましたが、平安時代の初めには真言宗東寺派の末寺でしたが、醍醐天皇の時代に鴨川の洪水で建物が流されてしまい廃寺となってしまいました。

その後、醍醐天皇の命により、天台宗の千観内供が嵯峨鳥居本深谷町に愛宕寺を復興。千観内供は、念仏上人と呼ばれていたことから、お寺の名前を愛宕念仏寺と改めたそうです。

ぴっと宮司
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宗派は「天台宗」で、ご本尊は「厄除千手観音」が祀られています。

こちらのお寺が有名なのは、一般の参拝者らの手によって彫られた石像「千二百羅漢像」。境内に置かれており、心を和ませてくれる癒しの空間があります。

1955年に、天台宗本山延暦寺から仏像彫刻家の西村公朝が再興を命じられて住職になり、愛宕念仏寺の復興が始まりました。この時、復興を祈念して境内を仏様の弟子である「羅漢」の石像で充満させたいと発願されましたのが始まりなのだそう。

この考えに賛同した一般の参拝者の手によって、昭和から平成の初めにかけて千二百体もの羅漢像が彫られ、境内に置かれました。

現在はそれぞれの想いが詰まった羅漢像は表情が豊かで、訪れる人たちの心を和ませてくれる癒しのお寺として親しまれています。

ぴっと巫女
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愛宕念仏寺には、安産や子宝祈願にご利益があるといわれる訶梨帝菩薩(かりていぼさつ)も祀られています。

新選組発祥の地であるお寺

新選組はじまりの地といわれているお寺が、紅葉の名所であり、「くろ谷さん」という通称で親しまれている金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)です。

京都市左京区黒谷町にあり、浄土宗大本山の寺院で、本尊には阿弥陀如来が祀られています。

格式を誇る浄土宗の七大本山のひとつであり、京都四箇本山の一つであるこのお寺は、初めは念仏道場として利用されていたそうです。

ぴっと宮司
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境内には、名水と呼ばれる「黒谷名星水」があり、皇族や公家の茶の湯に使われていました。

1175年、法然によって草庵が建てられたのがこのお寺の始まりとされています。

江戸時代の初めの頃に、江戸幕府によって改修され、1862年には京都守護職を任されていた会津藩の本陣になったそうです。会津の藩兵が京都に常駐し、1年おきに交替したが会津藩士のみでは手が回りきらず、守護職御預かりとして壬生浪士組(のちの新選組)を支配下に置いて治安の維持に当たらせました。

ぴっと巫女
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文久3年8月18日に起こった「八月十八日の政変」で警備に出動し、その働きを評価されたそうです。そして、新たな隊名である「新選組」を拝命しました。

こちらのお寺では、愛らしいお姿で有名になった五劫思惟阿弥陀仏(ごこうしゆいあみだぶつ)という仏様を見ることができます。

ネットではアフロ仏像と話題になりました。通常の阿弥陀仏と違い、螺髪(らほつ)と呼ばれる頭髪がかぶさるような非常に大きな髪型が特徴で、そのお姿から知名度が上がったのだそう。

ぴっと宮司
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五劫思惟阿弥陀仏は、全国でも16体ほどしかみられない珍しいお姿だといわれています。

願い事をらくがきで書いても良いお寺

落書きという言葉で、あまりイメージが良いものではありませんが、落書きをしても良いお寺が京都にあることをご存知でしょうか?

それは、京都府八幡市八幡にある、通称「らくがき寺」といわれる単伝庵(たんでんあん)というお寺です。

臨済宗妙心寺派の単伝庵は、何度かの移転のあと荒廃していましたが戦後、就任された住職が托鉢を行い寄付を募って新しい大黒堂ができました。

ぴっと宮司
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住職が多くの援助を受けたことに感謝して、願い事が大黒天様によく見てもらえるようにと、堂内の白壁に直接願いを書いたのがはじまりです。

 

白壁は毎年12月の終わりに塗り直されるので、新年になると真白い壁に願い事を書くことができます

大黒堂の真ん中に大黒天像、左に八臂弁財天像、右に弘法大師像が祀られております。

大黒天像は、通称「走り大黒」と呼ばれており、南北朝時代の楠木正成が石清水八幡宮で武運長久を祈願した際に寄進されたもので、楠木の残り株で作られたそうです。

変わっていて珍しい京都の神社7選

一度はひいてみたい珍しいおみくじがある神社

初詣の参拝者数が約250万人といわれる京都市伏見区深草にある、伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)で、珍しいおみくじがひけることをご存知でしょうか?

おみくじといえば「大吉・吉・中吉・小吉・凶・大凶」が一般的ですが、さらに運が良いとされるのは、本殿で引ける「大大吉」です

主祭神は宇迦之御魂大神で五穀豊穣の神様ですが商業の神様であり、商売繁盛や家内安全、産業興隆や芸能上達の神様としても信仰されるようになりました。そのため、特に商人に人気の神社となりました。

こちらの神社では、おみくじの結果が32種類あり凶は出ません。

その種類は、良い運勢の順から大大吉・大吉・凶後大吉・凶後吉・末大吉・末吉・向大吉・吉・中吉・小吉・小凶後吉・後吉・吉凶未分末大吉・吉凶不分末吉・吉凶相半・吉凶相交末吉・吉凶相央があります。

ぴっと巫女
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大大吉の番号は「2番」と「32番」で、出る確率が高いのは「大吉・凶後吉・末大吉・末吉」だそうです。

出来ればひきたくないおみくじがある神社

伏見稲荷大社では、「大大吉」という珍しいおみくじがひけることをご紹介させていただきましたが、京都市北区柴野北舟岡町にある建勲神社(たけいさおじんじゃ)は、「やたらと凶が出るおみくじ」があると話題になった神社です。

こちらの神社は、一般には「けんくんじんじゃ」と呼ばれており、通称「けんくんさん」と呼ばれたりします。

1869年に、明治天皇の命をうけて、織田信長の功績を讃えて「建織田社(たけしおりたのやしろ)」の創建が決まりました。翌年、「建勲」の神号を賜り、信長の子孫の織田信敏の邸内と織田家旧領地の山形県天童市に建勲社が造営されています。

ぴっと宮司
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主祭神は織田信長公が祀られており、祭神は織田信忠卿が祀られております。

凶の種類は「小凶・凶・大凶」で、社務所の人の話によると凶が出やすいわけではないそう。

人気ゲーム「刀剣乱舞」のキャラクターの聖地としても有名になった神社ですが、ある人が3回連続で凶をひいてしまったのが噂になり、凶が出やすいと話題になったのは始まりです。

大凶は出したくないですが、「やたらと凶が出るおみくじ」と話題の神社なので、新年最初の運勢を占ってみてはいかかでしょうか。

金色の鳥居がある神社

神社の鳥居といわれれば、朱色の鳥居や石で造られた鳥居を想像しますが、京都市中京区にある御金神社(みかねじんじゃ)は鳥居の色が金色で造られています。

主祭神は金山毘古命で、全ての金属類、鉱山、鉱物の神様で、天照大御神と月読命の三柱の神様も祀られています。

長い間、御金神社は個人の屋敷内に邸内社として建てられ祀られていましたが、参拝を願う人が絶えなかったため、1883年に現在の場所に移転し社殿が建てられました。

平安時代より鋳物職人である釜師や、江戸時代の金貨鋳造を担った各地の金銀細工業者など信仰している人が多かったそうです。

その後、金属が転じてお金に纏わる神社として広がりました。

ぴっと巫女
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金色の鳥居の他に、金色の鈴緒もあるそうです。

ご神木は樹齢200年にもなる銀杏の木で、「繁栄・発展」や「不老長寿」の象徴とされております。

また、葉の広がり方が八方向に広がっていることから、末広がりとして大変縁起の良いものとされてきました。

因みに、ぎんなんの実は育つまでに長い期間がかかりますが、一度、実ると豊富に実が成るので、願いが「身になる」といわれています。

ぴっと宮司
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競馬などの願掛けや、宝くじの当選を願って銀杏の形の絵馬が奉納されているそうですが、本来は建築に関わる金型や設計、造船を奉納するそうです。

銀色の鳥居がある神社

京都に神社が数多くありますが、京都府八幡市に飛行神社(ひこうじんじゃ)と呼ばれる、飛行の神様である饒速日命と、飛行機事故の犠牲者が祀られている神社があります。

天照大神から、十種の神宝を授かった饒速日命は天磐船とよばれる飛行船に乗って、河内国の河上哮ケ峯の地に降臨されたことから、飛行の神様といわれています。中央の社殿に、主祭神である饒速日命が祀られており、右の社殿には航空業界に業績を残された人々の霊と、世界中で航空事故にあわれた全ての犠牲者の霊を祀られているそう。

ぴっと巫女
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主祭神である饒速日命とともに、薬の神様といわれる武田長兵衛が祀られているのは、飛行神社を創建した二宮忠八が製薬会社に勤めていたからだそうです。

飛行神社を創建した二宮忠八とは、明治から昭和期の軍人で飛行機研究者であり、日本で初めて動力付きの模型飛行実験に成功した人でした。

1889年に野外演習の休憩のときに、カラスが飛んでる様子を見て飛行の原理に気づかれたそうです。

飛行機が発明されて以降、航空事故が多発するようになったことに心が痛んだ二宮忠八は、航空事故犠牲者の霊を慰めることが飛行機開発に関わった者としての責任と感じました。その後、二宮忠八は私財を投じて、1915年に航空事故犠牲者の霊を祀る飛行神社を創建しました。

ぴっと宮司
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毎年、安全祈願に訪れる航空関係者と、宇宙業界の関係者が多いそうです。

1989年に、二宮忠八の飛行原理発見百周年を記念して、境内の拡張と改装が行われました。

拝殿は、古代ギリシャの神殿をなぞらえて造られ、鳥居は飛行機に使われることが多いジュラルミンで作られたとされています。この鳥居が、銀色の鳥居がある神社として話題になりました。

ぴっと巫女
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その他、境内には大阪湾から引き揚げられた戦闘機のプロペラも展示されています。

恋愛の縁に関する神社

恋愛などの縁に関する場所が、京都市上京区にある櫟谷七野神社(いちいだにななのじんじゃ)という神社です。

ご祭神は、高沙大神、春日大神、武甕槌命で、その他19柱の神様が祀られており、「縁切り」と「縁戻し」、「浮気封じ」のご利益があります。

諸説ありますが、櫟谷七野神社の起源は、文徳天皇の皇后が安産祈願のために春日大社の分霊を祀られたそう。その後、宇多天皇の皇后が天皇の寵愛を取り戻すために神社で祈願されたそうです。

そのとき、神託が下りた皇后は、春日大社の三笠山に似た砂山を築いたら願いが叶ったそうです。

ぴっと宮司
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文徳天皇の皇后が、祈願されたときのような、白砂を盛った山のことを高砂山と呼ぶようになったそうです。

因みに、神社の名前にある「七野」とは、船岡山一帯にあった原野のことで、紫野・禁野・柏野・北野・平野・蓮台野・内野(神野・神明野・萩野・御栗栖野)を指します。

これら一帯の惣社として、櫟谷七野神社が祀られたといわれています。

ぴっと巫女
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ご神木にクロガネモチの木があり、樹齢500年になります。

 

参拝に行ったときには見に行き、パワーをいただきたいスポットですね!

芸能人が訪れる神社

京都市右京区に、多くの芸能人や芸術を生業とする人たちが参拝に来られることで有名な神社があることをご存知でしょうか?

それは、京都市右京区嵯峨にある車折神社(くるまざきじんじゃ)と、境内社である芸能神社(げいのうじんじゃ)です。

車折神社の本殿には、ご祭神の清原頼業公が祀られていて、学問で有名な広澄流清原氏の出身である頼業公は、平安時代後期の著名な儒学者であり漢学者でした。晩年に、政治に関する質問を受けていた九条兼実より「その才、神といふべく尊ぶべし」と評されたそうです。

1189年、清原頼業公が亡くなられたあと、清原家の領地であった現在の地に廟が建てられたそうです。

その後、頼業公の院号にちなんだ宝寿院という寺院が建立され、清原家の菩提寺となり、その境内に頼業公を祀った社が建てられました。車折神社の起源は、この社からきているといわれています。

頼業公のご学徳により、金運・良縁・厄除け・学業・芸能(芸術)のご利益があり、特に「約束を違えないこと」お守りくださる神様として信仰があります。

ぴっと巫女
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神社の名前の由来は、後嵯峨天皇が嵐山をご游幸された際に、社前において牛車が急に止まり前に進まなくなったので、社の関係者に聞いたところ「頼業公を祀る」と答えがあったので、ご游幸から帰られたあとに「車折大明神」の神号と正一位の神階を贈られたそうです。

 

これ以降「車折神社」と呼ばれるようになりました。

その、車折神社の境内社で、芸能神社(げいのうじんじゃ)があります。ご祭神は天宇受売命で、1957年に創建されました。

こちらの神社は、芸能や芸術で活動する人達からの信仰があり、芸能人や芸能関係者によって奉納された約4,000枚もある朱色の玉垣が社殿を囲んでいるのが有名になり、好きな芸能人の名前があるのか見に行く人が増えたそうです。

大人気アニメ、ワンピースの主人公達の名前が書かれた朱色の玉垣もあり、話題になりました。

ぴっと宮司
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芸能神社の他に、八百万神社 ・稲荷神社・水神社・清めの社・清少納言社・弁天神社・大国主神社があります。

京都でお伊勢参りができる神社

「お伊勢さん」の呼び名で親しまれている伊勢神宮は、三重県伊勢市にありますが、京都に「京のお伊勢さん」と呼ばれる神社があるのを私は知りませんでした。

その神社は、京都市山科区にある日向大神宮(ひむかいだいじんぐう)という神社です。

社伝によりますと、顕宗天皇の時代に勅願により、筑紫の日向にある高千穂の峯の神蹟より神霊を移して創建されています。

その後、天智天皇が神田を寄進されて、神域の山を日御山と名付けられました。

内宮のご祭神は、天照大神、多紀理毘賣命、市寸島比賣命、多多岐都比賣命の四柱の神様が祀られており、外宮のご祭神は、天津彦火瓊瓊杵尊、天之御中主神の二柱の神様が祀られています。

日御山の山頂には伊勢神宮遥拝所があり、こちらで手を合わせると、伊勢参りと同じご利益があると噂です。

ぴっと巫女
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「京のお伊勢さん」と呼ばれるほど、パワースポットとして有名な神社なので、近くを散策された際には是非、お立ち寄りください。


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まとめ

本記事では【京都の変わっていて珍しいお寺と神社10選】をご紹介しましたが、いかがだったでしょうか。

京都に、お寺や神社はたくさんありますが、変わっていて珍しい神社にしぼって調査させていただけたことで、お寺や神社の楽しみ方が増えました。

どのお寺や神社も見どころがあり、見どころ満載のスポットばかりで、お詣りに行く際の参考にしてみてはいかがでしょうか?

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